はっきりした町名の由来は伝わっていません。でも、昔からの話では、中に挟まれているから、「中挟」であろうといわれています。
今から、420年前の天正年間に、「中挟」の名前が残っています。「江曽、中挟、若林」の三ヶ村を江曽郷といいました。
また、江戸時代の中頃(310年前)、前田藩が村名と神社の由来を調べましたが、「細口」と「中挟」が記録されていません。